舐めてました 初めての冬山登山

mt_fuji 登山

最近すっかり有名になった雲取山だが、ここ数年の登山ブームやアニメの影響でキチンとした装備なしに登る初心者も増えたそうな。
自己責任とはいえ安易な登山は時に死亡事故に直結する。自分だけの問題ではなく、周りの人達に深い悲しみを与えてしまうので万全の準備と慎重な行動が必要だ。

10年以上前の新春登山。初めての冬山登山で危うく疲労凍死するところだったというお話。

冬山に必要な装備

10年以上前の話だが、秋の十勝岳を一泊二日の避難小屋泊で縦走した際、持参した寝袋はモンベルの#3(3シーズン用)だった。
北海道の山は初めてだったが本州と同じレベルで考えていたので、標高が対して高くない山なら3シーズンでも行けるだろうとたかをくくっていた。
結果、日が暮れると一気に冷え込み寝袋に包まる頃には氷点下になっていた。
寝袋のスペック的は使用可能温度内だったが、寒くて寒くて奥歯がガチガチと音を立て続け、結局、一睡もできず、翌日は寝不足でフラフラになりながら下山することになった。

この時の経験から厳冬期対応の寝袋を物色することになったが、国内では高身長用のロングサイズが無いのだ。海外からの個人輸入で購入することも可能だがべらぼうな金額になってしまう。
普通サイズでも真冬用の寝袋は高額なのでなかなか気が引けてしまうが、たまたま家の近所で寝袋を作っている町工場があるのを発見した。
知る人ぞ知る【マウントフライ】というオーダーメードの寝袋メーカーで、【Hand Pick Down ダウン98%スモールフェザー2%で900g】というとんでもないスペックだった。それが国内有名メーカーの半額程度で手に入った。並べるとモンベルの#3がシーツに見えてしまう。
これで冬山も快適に楽しめるだろうと、年明けの新春登山プランに思いを巡らせていた。
冬山の装備はこれだけでは済まないということを、この後思い知らされるとも知らず、、、

絶景に心を奪われる

年が明けて新年早々。選んだ山は雲取山、標高2,017m。東京都の最高峰で頂上直下に避難小屋があるため自宅から一泊二日の行程で楽しむことができそうだ。
電車とバスを3時間ほど乗り継いて鴨沢の登山口から登山開始。
麓の気温は10度くらい。真冬の関東特有の雲ひとつ無い晴れ間が広がり、葉の落ちた木々の木漏れ日は汗ばむくらいに心地よかった。
柔らかい落ち葉の絨毯を踏みしめながら誰もいない静かな登山道をのんびりと楽しんでいたが、落ち葉の柔らかな踏み音がザクザクと霜柱を踏む音に変わる頃には額から汗が流れ落ちてきた。
稜線に出る頃には汗だくになっており、気温も氷点下近くまで下がってきていた。
休憩しようとザックを下ろすため体を捻った瞬間、太ももが攣った!

ひとまず熱い紅茶を飲み暫く休んでいると痙攣は収まったが、想定時間以上に休憩することになってしまった。

異変に気づいたときには遅い

その後も痙攣は断続的に出てくるようになり痛みを止めようと騙し騙し歩いていたのだが、不自然な歩き方をしていたので一箇所が収まると違う筋肉が痙攣し始めるという悪循環になってきた。
それでも稜線上の景色はあまりにも美しく、すっかり心を奪われてしまった。


痛みが出ては立ち止まり、休憩がてら写真を取るという行動を繰り返していると、一気に日が暮れてきた。
いつしか足の痙攣は下半身全てに及び、どの方向に動かしても痛くて動かせないという緊急事態になってきた。
当時はストックを持っていなかったので、木々に捕まり岩肌で体を支えながら半歩にも満たないステップでゆっくり進んでいった。
気がつくと避難小屋到着予定時刻はとっくにオーバーしていた。

日が暮れると辺りは一気に闇に包まれ、気温もあっという間に氷点下になった。
ここまで来ると下山するわけにもいかず避難小屋を目指すしか無かったのだが、汗だくの体は寒さで冷え切り、下半身は痛みと痙攣で動かすことができなくなってしまった。
岩場にへたり込んでガタガタ震えながら休憩していると、上着の裾がパリパリと音を立てている。汗が上着の表面まで染み出し表面の生地が凍ってきたのだ!

この時は冬山の服装に対してさほど気にしておらず、とにかく暖かさ重視という面にばかり気を取られていた。
そのため中綿入りの暖パンに同じく中綿入の上着を着たまま登るという、今にして思えば最もダメダメな格好で登っていたのだ。
街なかでじっとしているような状態だと暖かいのだが、登山の行動時この格好だと、
汗をかくと服はどんどん重くなり体力を消耗していく。
汗で濡れたままにしていると体温をどんどん奪っていく。

最もダメダメな格好だった。

行動中は汗を溜め込まないように薄着で行動し、
休憩時は体を冷やさぬようダウンなどの温かい上着で防寒する。

この鉄則ができていなかった。

誰もいない冬山の真っ暗な山道でへたり込んでいると、どんどん体力を消耗し動きたくても動けない状態になり、思考能力も低下していった。
最悪、ビバークとなったら寝袋を取り出して潜り込めばなんとかなるのだろうが、疲れ切った状態だとそこまで頭が巡らないのだ。ネガティブな思考パターンになり、このまま行けば疲労凍死という言葉が頭をよぎってくる。
そんなマイナス思考さえも、意識が薄れるに従って考えること自体が億劫になってきた、、、

微かな光に照らされる

、、、どれくらい時間が経っただろうか。
ウトウトしていたが、ふと足元を見ると仄かに明るい。
木々がぼんやりと光を放っているような錯覚に囚われたが、瞳をこらしてみると木々の間から光が差し込んでいるのだ。
いつの間にか夜空に月が浮かんでいた。
冴え冴えとした冬の夜空に大きな満月が浮かび、その光に照らされているだけでも気のせいか体が暖かくなるように感じた。

あたりを見回すと、地平線の向こうに巨大な黒い塊が見えた。
ハの字型のなだらかな曲線を描いているシルエット。

富士山だ!

満月に照らされた富士山の黒いシルエットはとても雄大で美しく、眺めているだけでエネルギーを貰えた気がした。

まだ生かされている!

頭がはっきりしてくると思考能力も蘇ってきた。

すぐに乾いた服に着替えなきゃ!

急いでリュックから着替えを取り出し、着ている服をその場で全部脱ぎマッパになった。
月明かりに照らされた全裸のシルエットは女性ならさぞかし美しい情景だっただろう。野生の動物たちも息を呑んだに違いない。
残念ながらオッサンの裸体だが許してくれ。

乾いた下着に着替えると冷え切った体がだんだんと温まり気力も蘇ってきた。
これから進むべき山道に目を凝らすと頂上付近に人工物の影が見えた。

避難小屋だ!

目と鼻の先の距離だった。
疲れ切っていて気づかなかったが月明かりがそっと教えてくれた。

九死に一生を得た

到着予定時刻を大幅に過ぎて真っ暗な避難小屋に駆け込んだが、中は冷凍庫のように冷え切っていた。
直ちに湯を沸かしレトルトカレーを温めて腹に収めると、ようやく生きた心地がした。

(生き返ったぞー~・・・!)

早速、新調した寝袋を取り出すと信じられないくらい膨らみ、見ているだけでも温かい気持ちになってくる。
濡れている衣服は全て脱ぎ、マッパの状態で寝袋に潜り込むと冷たい生地の感触に一瞬ヒヤッとしたが、体温が伝わるに従って徐々に暖かくなってきた。
心臓の鼓動に合わせたように寝袋内部の温度も上昇し、冷え切っていた体がどんどん温まってくるのが実感できる。十勝岳で体験したガチガチと歯が鳴るくらい凍えていたのが嘘のように、新しい寝袋は天国の寝心地で一気に深い眠りに落ちた。

真夜中、寝ぼけ眼でトイレに起きたが、小屋の外にあるトイレで用を済まし辺りを見回すと、遥か東の彼方には綺羅星のような都心の夜景が広がっており絶景に息を呑んだが、カメラはバッテリーがあがってしまい使い物にならなかった。
小屋の外にある温度計は氷点下10度を差していた。

太陽の暖かさに包まれる

時折聞こえてくる野鳥の鳴き声で目が覚めた。
極上の羽毛にくるまれた寝袋は天国の心地よさだが、顔の露出部分は冷気に突き刺されるような感覚だ。たたんでいた上着を広げるとバリバリに凍っており、水筒の水も凍結していた。
外に出てみると、昨日と同じくらい雲ひとつ無い冬晴れの空が広がっており、西の方角に目を向けると、昨夜はシルエットだった富士山が朝日に照らされ美しく輝いていた。

熱々の朝食を済ませゆっくりと下山を開始する。
雲取山頂上を経て秩父方面に北上するコースだが、熟睡できたおかげで足の痙攣はすっかり収まっていた。

麓が見えてくる辺りで車道に出たが道路は完全に凍結していた。
軽アイゼンを装着するが凍結した急坂のアスファルトでは途中で外れてしまうこともしばしばで、しまいには軽アイゼンが外れた弾みで転倒してしまい、勢い余って片方の軽アイゼンが山の斜面に吹っ飛んで落ちてしまい行方不明になってしまった。
凍結した急坂のアスファルトを軽アイゼン未装着の状態で恐る恐る下っていくが、ふとした瞬間に転倒してしまう。
初めのうちは転倒して大怪我をした記憶が蘇り恐怖に襲われたが、後ろに転んでもリュックがクッションとなり全く痛くないことに気づくと、転ぶたびに何故か笑いが止まらなかった。

バス停が見えて来ると一気に緊張感から解放され、最後に派手に滑って転倒した。
それでも無事下山できたことが嬉しくて、大声で大爆笑した。

初めての冬山で得た教訓

・服装

厚着をして登山している初心者を見かけるが、登山は想像以上に激しい運動なので大汗をかくことを前提とした服装で臨む。行動中は薄着で汗が乾きやすく汗冷えしにくい素材のウェアが必須。
綿素材は一度汗をかくと中々汗が発散せず乾かないので厳禁!
休憩中は直ちに防寒着を着て体を冷やさないようにする。
そのため防寒着はリュックの一番取り出しやすいところに入れておく。

・適切な休憩

汗を掻いていないように感じても体の表面は急激に冷えてくるし、予想以上に体内の水分は放出されているので、熱いお茶やスポーツドリンク、行動食などでこまめに水分と栄養を補給する。
経験を積んでいかないと水分補給や休憩のタイミングは難しいが、まずは時間で強制的に休憩する癖をつける。ex30分歩いたら小休止、1時間でリュックを下ろして休憩等

・早め早めの判断、行動

異変に気づいてからでは遅い!
状況が変化する前に早め早めに対処する。
特に冬山は日暮れが一気に加速するので余裕のある行動プランを作成する。
今回は下半身すべての筋肉が痙攣して激痛で動けなくなるという恐ろしい経験をしたが、こまめに休憩し適切な栄養補給を取っていれば防げた事態だとその後認識する。
大きなトラブルになる前に常に先手先手を意識しながら行動する。

・最後まで諦めない気力

体力が限界になると思考能力も衰え正常な判断ができなくなってくるが、それでも挫けない気力を持ち続ける。
これが一番難しいところだ。
意識はあっても体が動かないことがこんなに恐ろしいことだとは思いもよらなかった。が、無意識でも生きていたいという気持ち続ければ、あとは山の神が助けてくれる。かも?

・下山までが登山

登頂することが登山なのではなく、無事に下山するまでが登山。
山の遭難は登りより下山時の事故が圧倒的に多い
登頂した高揚感でつい気が緩んでしまうのだろう。
今回の出来事でも下山時に頻繁に転倒したが、怪我がなかったのはたまたま運が良かっただけの話。

今回の登山で一番学んだことだ。
たまたま運良く疲労凍死は免れたが、その後も怪我に繋がる場面は何度もあった。
もし、怪我をして帰宅しようものなら何より妻は悲しむし、次からの山登りも応援する前に行くなと否定されてしまうだろう。
山登りは楽しい記憶で続けることが何より大切なことだ。
自分のためにも、家族のためにも、周りの人たちのためにも。

これから登山を始める方へ

初心者はできるだけ経験者と共に行動することが望ましいが、ソロ登山にはソロ登山の魅力が多々あるのもまた事実。
たとえ経験がなくとも同行者がいなくとも、事前の情報収集をキチンとやっておけば自分のレベルに合っているかどうか判断がつくし、適切なプランで行動することは十分可能だ。
絶対に無事に下山することを最優先に行動していれば、おのずと慎重になるし無謀な行動はしなくなると思う。
それでも何が起こるかわからないのが登山なのだということは肝に銘じておこう。

但し、厳冬期の雪山は全く異次元の世界。
単独の初心者は絶対に手を出すべからず!

まずは森林限界を超えない程度の山をこなせるようになろう。

コロナ自粛で人と交わらないソロ登山をする人が増えているようだが、くれぐれも慎重に、万全の準備のもとで楽しんで欲しい。
そして必ず下山まで気を抜かず、無事に帰宅することを心の底から願っています。

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