ウォーキングの神様が生まれた街へ

sawara-9 出張・旅

山形の長期主張を無事に終え、例年だと新年度は閑散期になるのだが、今年は千葉県の東北部に出張することになった。
関東圏なので本来ならば自宅から電車で通うのだが、往復6時間以上をかけて電車に乗るのもしんどいし、このご時世なので現地に宿泊することにした。

水郷の里

成田駅から在来線で更に30分ほど北東方面へ進むと水郷の里、佐原にようやく到着した。初回訪問時は第三次緊急事態宣言が出される前だったが、夕闇迫る頃に駅に着いたにもかかわらず、乗降客が全然いない、、、

駅のロータリーも人っ子一人おらず、客待ちのタクシーが数台停まっているだけだ。さすが、陸の孤島と言われるだけのことはある。
目立つ存在はロータリーの中心地に建っている銅像くらいだ。

この銅像は歴史上の重要人物、ウォーキングの神様(そう思っているのは自分だけ?)。

そう、この地は伊能忠敬ゆかりの地なのだ。

50を過ぎて隠居の身になったが、その後、天文学や測量の技術を学び56歳から日本全国を測量しながら旅をし、74歳で没するまでの間に精緻を極めた日本地図を作成したスーパーおじーちゃん!

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一方、現代のウォーキングの達人といえばこの人が筆頭に上がるのだろうか。

しかし、年齢からすると圧倒的に年寄りの伊能忠敬に軍配があがる。

昔の人は健脚だったんだなーとただただ感心。

緊急事態宣言が出ようと出ていまいと

伊能忠敬が過ごした街は川沿いが昔ながらの面影を残した観光地区になっている。そんな風情のある街を拠点にトータル3週間ほど泊まり込みで仕事をしていた。

はじめの一週間は味気の無い駅前のホテルに滞在したが、一旦帰宅後、第三次緊急事態宣言が出たあとに二週間ほど過ごしていた。その時はせっかくなので川沿いの観光地区にある民宿にお世話になった。

それにしても人がいない。

初日の晩に駅近のレストランで晩御飯を食べたが、緊急事態宣言が出る前だったにもかかわらず、ただっ広い店内は誰もおらず、薄暗い照明の中一人で晩御飯を食べていた。

料理自体はとても美味かったのに、寒々しい店内がせっかくの味を台無しにしてしまっている。

観光地区も夕暮れ時に観光客がちらほら散策するくらいで、それ以外は時が止まったかのようにひっそりと静まり返っていた。

この閑散とした状況は日本各地のほとんどの観光地区に共通している。

有名所の大規模観光地はまだしも、半日もあれば回れてしまうような小規模な観光地区は土日にちょぼちょぼ観光客が来ればまだマシな方で、それ以外は目も当てられない状況になっている。

そこにコロナ自粛が追い打ちをかけ、店は軒並み閉店中だ。

これから先、地方の再生はよっぽど腹を括って取り組まないと、廃村、廃地になってしまうのは容易に想像がつく。

パワーを貰いながら日々を粛々と過ごす

そんな寂れた街で淡々と仕事をこなしていた。

定時に終わるスケジュールだったので、朝、晩はジョギングで汗を流し、夜の街をふらつくこともなく、早寝早起きでコンディション作りに励むことができた。

観光地区から1キロほど歩くと利根川の広大な河川敷にたどり着く。その河川敷を更に下流に進み、川面に面した社が現れたら、そこから旧参道が始まるようだ。しばらく町中を進むとやがて香取神社が現れる。

鬱蒼とした雑木林に踏み込むと、そこは途端に別天地。

新緑のなか、朝モヤの光が差し込む中を新鮮な空気を吸いながら境内を歩いていると、それだけで大きなパワーを貰えそうな気がしてくる。

残念な晩御飯

コロナ自粛中なので打ち合わせや打ち上げに夜の街へ繰り出すこともなく、出張最終日は恒例の一人焼肉で締めることにした。

こじんまりとした老舗の店内は開店早々ということもあり誰もいなかった。入口付近の席に付き、一通りの注文を済ませると美味そうな皿が運ばれてきた。

いざ、焼き始めるが、、、

なんか違う。
いつもの肉を焼く雰囲気ではなく、何かが違うのだ。
しばらく経って気づいたのだが、肉を載せても匂いもせず音も無く、煙もでていない。

ロースターをよく見ると、炎が出ておらず、電熱器のような棒が張り巡らせてあるだけだ。

初めて見るタイプだ。
女将の説明によると、電気ストーブのように遠赤外線を出して肉を加熱する方式で、音も煙も匂いも出ないのが特徴で、【女性客には】好評ということらしい。
確かに、一見すると赤々とした炎は出ていないが、手をかざすと火傷するくらいの熱気が伝わってくる。
しばらくするといつの間に焼けているのだが、口にしてみると食感が火で焼く場合と全く違う。

しっとりというか、ふんわりというか、なんとも初めての食感だった。

正直、イマイチだった。

せっかくの上質な肉も数段レベルが落ちてしまったような感じだ。

確かに、匂いや煙の心配は皆無なのだろうが、【肉を焼く】という焼肉屋さんの根本的なところからは大きく逸脱してしまっている。

自分が店のオーナーなら絶対採用しない方法だが、家族経営の小さな店だと掃除やメンテナンスを考えた場合、このような方法にならざるをえないのだろうか。

小さな焼肉屋さんではこういうお店が今後増えそうな予感。

昭和がどんどん消えていく。

寂しい限りだ。

そんなことを想いながら水郷の街をあとにした。

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